突然ですが、皆さんは普段どんな本を読みますか?

きっと、それぞれに読む本の傾向はあると思います。

僕の場合はノンフィクションがほとんど。

分野で言えば、大雑把に分けて

「医療」「ジャーナリズム」「野球」「グルメ(お酒)」といったところでしょうか。

その中で「医療」の本は、とりわけ「死」に関係した本をよく読みます。

なぜなんだろう・・・。

 

つい先日も、この本を買ってあっという間に読みました。

「感動を与えて逝った12人の物語」

 

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話題となった「死ぬときに後悔すること25」の著者である

緩和医療医の大津秀一さんが書いた最新刊です。

 

タイトルを見て買った時は、この本を読み始めるのに

それなりの覚悟が必要だろうと思っていました。

しかし実際に読んでみると、どこか温かい気持ちになる。

誤解を恐れずに言えば、抵抗無く読める本でした。

 

その一方で、この中に登場する人に自分を置き換えてみて

「最期の時に自分はこんな心境になれるのだろうか」と考えさせられる本でもありました。

 

もう一つ驚いたのは、1000人以上の死を見届け、

このような本という形で人間の奥深い部分に語りかける事の出来る著者、

大津秀一さんの年齢が僕と2つしか違わなかったこと。

以前にテレビ番組「エチカの鏡」で「死ぬときに後悔すること25」をテーマにしていたのを見て

大津さんの姿も見てはいましたが、それでも

もっともっと人生経験の長い人に違いないと思っていました。

どうして、このような境地になれるのだろう・・・。

 

そして、冒頭の疑問。

思い返してみると、僕が「死」について深く考えるようになった時期は

いくつかのきっかけと関係しているような気がします。

それは、僕が以前に心身共に調子を崩し、特に精神的に落ち込んでいた時期。

「自殺」という事を考えた時期がありました。

それを完全に「脱却した時」からなのです。

 

ただ、完全に脱却するまでは、

最悪の時期を越えたとはいえ、一時的に憂鬱な気分になる事がよくありました。

そうすると、一瞬でも「自殺」という言葉が頭をよぎる。

もう一方では、「そんな事を考えちゃいけない」と思う自分がいて、

しばらくすると、気分は元に戻る。心が波打っていたんですね。

 

ところが、その波が底辺まで来た時にも最悪の事態を想像しなくなってくるようになりました。

それは僕にとって、「死を恐れなくなったこと」でもあったのです。

 

以前の状態に比べれば、今の自分はどんなに恵まれているんだろう。

そう思うようになると共に、「死ぬまでは思い切り生きよう」と思うようになりました。

だからこそ、「死」にも向き合えるようになったのかもしれません。

 

 

僕の尊敬するアナウンサーの一人、逸見政孝さん。

その逸見さんが48歳で亡くなった日の事は今でも忘れられません。

当時、中学生だった僕が思った事がありました。

 

『逸見さんは無念だったに違いない。でも、その最期の3カ月に

自らの様子を伝えることによって、アナウンサーとしての最後の大仕事をやった人だ。』

 

その後に出版された、逸見政孝さんの本「ガン再発す」と、その関連本。

 

また32歳の若さで脳腫瘍に冒された、広島カープの炎のストッパー・津田恒美さんを描いた

「もう一度、投げたかった」と、その関連本。

 

病に冒された無念さと共に、その本からは最期まで生き抜いた人の輝きも感じとる事ができました。

これらの本は、僕の本棚の中心にいつもあります。

 

今を精一杯生きられる事に、感謝。

そんな事を、数々の本によって改めて気付かせてもらっているのかもしれません。